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1971年9月26日 クレンペラー/ラスト・コンサート
学生の頃 オットー・クレンペラーに 憧れ その 糞真面目な音楽ぶりに心を奪われて、
20歳の頃から貯金をしつつ いつか ロンドンへ 行こうと決めていた。

すみやに入り クレンペラーの指揮したワーグナー、モーツァルトのオペラで
益々期待を高めていたのだが 死去のニュースが1973年7月に・・・
埋葬はチューリヒと簡単に新聞で報じられた。

好きなブラームスの交響曲第3番を 聴きたかったのに・・・
もうそれは 叶わなくなった・・・

当時 良くお店に来ていた 東海大学のTさんが 店の裏口で
亡くなった事を悲しそうな顔で 知らせに来てくれた。
彼とは 冬ワーグナーのオランダ人を下宿の部屋でともに聴いた仲だった。
そのラスト・コンサートになった CDが テスタメントから 発売された。
クレンペラー

ベートーヴェン 序曲 シュテファン王
同 ピアノ協奏曲第4番
ブラームス  交響曲 第3番
クレンペラー指揮/ニュー・フィルハーモニアor/ピアノ D・アドニ
税込1,880円

記録は残っていたので、また 海賊盤でもあったので 耳にはしていたが 正規盤で出るとは!

残念だが放送局のオープン・テープからのCD化ではないので 
音質面では レコー芸術誌的には 70-75点 のレベルだが・・・
演奏はブラームスの黄昏色を弦と木管で浮遊感を与え 
各楽章間の 間をおかず 4楽章まで押し進め 
楽員の自主性を大事にしながらも クレンペラーの意志を通しています。 
統一された雰囲気を聴き手にも求めていた。


夏と冬の靴下の違いを知らない佐藤が 年収の1.5倍を払い、
休暇を頂き 音楽の友社主催 夏のヨーロッパ・ツァーに参加、
バイロイト、サルツブルグ、ルツェルン等の音楽祭を体験。

地図を見たら チューリヒはルッツェルンに近い 
よし お墓参りだ! でも チューリヒとしか分らない? 行けば 何とかなる・・・ 
1974年8月14日 夜は ルツェルンでコンサートだから 早めに ホテルをでて
12時頃までに 墓地へ付けばなあ と思い朝9時発 11:30チューリヒ着。

キオスクで 市内地図を買い ユダヤ人霊園を探し 
静岡で云うと 春日町の山の方かなーと 時計メーカーのショールームを見ながら
駅から南西の ユダヤ人霊園を目ざす・・・ 
フリーゼンベルク通り沿いの 墓地に次々寄り 
クレンペラー の写真を見せながら尋ねたが 首を振るばかり  
2時間も続け・・・もう疲れた・・・帰ろうかなー

もう一つ先まで 行こう そこでもダメなら 今回は諦めだ・・・
さらに200m先へ そこの門番さんに写真を見せたら うん と頷き ついて来いという身振り 
半信半疑で ついていくとありました。感激!

自室のアパートの鍵と 100円玉を おいて 手を合わせ帰りました。
午後2:20でした

何とかルッツェルンに夕方着き 夜は コンサート。 
チェリビダーケ指揮  ルツェルン祝祭管弦楽団で
シューベルト、ウェーベルン、シベリウス というプログラムであった。
オーケストラ芸術の頂点と言う演奏で 
チェリビダーケの 終演後の楽員を讃える態度は
カペル・マイスターという名に相応しくヨーロッパを感じた。

満足して 一人部屋に戻り 眠りに着いた・・・
真夜中 コツコツより 大きい音で ドアを叩く音がする
自室ではないと思い 無視しても なお ドンドン と クレッシェンド してくる。 
ドアに付き 耳を澄ますと 大男 二人の様?? 
いつでも飛び出せるよう身構えたが ・・・
そのうち いなくなった・・・

誰だったのだろう?

クレンペラー02

クレンペラー01
 註:左の手前が クレンペラーのお墓です

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【2008/07/29 13:37】 | 指揮者 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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チューリヒ
僕もチューリヒの街中をさまよったことがあります。今となっては良い思い出です。
ルツェルンではワーグナー記念館を探してルツェルン湖の周りで「さまよえる焼津人」をやりました。結局、救済を得られぬまま時間切れ。帰ってから、あともう100m先だったことが判明し、ショックは大きかったです。
お墓捜しは大変ですね。ハイデルベルクでは、フルトヴェングラー捜しで一苦労しました。尋ねる人ごとに「あっち」だ「こっち」だで、泣きそうになりました。写真を撮ったらはんべそかいてました。
【2008/08/06 07:02】 URL | nob #-[ 編集] | page top↑
墓参り
佐藤さんに教えていただき,私が参ったのは1988年。没後15年でありました。
1974年の佐藤さん撮影の写真と少し状況が変わって,15年経つと先生の背後には豪勢なお墓がいくつも建ち並び,先生のお墓の清貧な感じが,先生の演奏振りを髣髴とさせ,感動したものでした。
今年没後35年,どうなってるんでしょうねえ。お墓は,街は,あの坂道にあったカンガルーの水飲み場は・・・
行って見たいものですねえ・・・
【2008/10/04 23:30】 URL | 宮地篤 #-[ 編集] | page top↑














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